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名古屋高等裁判所 昭和55年(ネ)474号 判決

控訴人

赤坂律子

控訴人

中島美津子

右両名訴訟代理人

伊藤静男

福島啓氏

井上祥子

被控訴人

右代表者法務大臣

秦野章

右指定代理人

山野井勇作

木田正喜

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人らの当審における新たな請求にかかる訴えを却下する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人らに対し各金三〇〇万円及びこれに対する昭和五一年八月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。被控訴人が控訴人らのため「戦傷病者戦没者遺族等援護法」(昭和二七年法律第一二七号)を改正するか同等の援護法の立法をしないで放置して来たことは違法である(当審新請求)。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決並びに控訴人らの金員の支払を求める請求につき、被控訴人敗訴の場合担保を条件とする仮執行免除の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、次につけ加えるほか、原判決事実摘示(ただし、原判決書六枚目裏一〇行目、同七枚目表一行目並びに同三行目中「条の」を「条一項所定の第」に改める。)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

第一  事実上の陳述

一  控訴人

(主張の補充)

1援護法の制定は軍人と控訴人ら一般民間人とを社会的身分により経済的関係において極端に差別するものであり、右の差別は合理性を欠き憲法一四条、一一条、一三条に違反する。

(一) 援護法一条は「この法律は、軍人軍属等の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡に関し、国家補償の精神に基き、軍人軍属であつた者又はこれらの者の遺族を援護することを目的とする。」と規定し、右の公務には戦争を含み「軍人軍属等の戦争による負傷若しくは疾病又は死亡」というのと同一である。ところが戦争による被害は、職務そのものの性質に起因する災害とは異なり、民間人と軍人軍属とにかかわらず無差別に被るもので、同条は単に身分の違いによつて差別するに止まり、また、同条にいう国家補償とは、広く国がその活動により、直接又は間接に個人に被らせた損失を填補することを意味するところ、戦争災害による補償は、国家が相手方を危険状態においたこと、または、自己の作り出した危険状態に基づいて相手方に損害を生ぜしめたことを帰責事由とするものであるから、援護法において国家補償の精神を前面に出す限り、戦争被害をあまねく救済することこそ国家の責務というべきである。

(二) 旧軍人軍属が、国と使用者・被用者の関係にあつたことから直ちに一般民間人の救済をあとまわしにして、まず旧軍人軍属を救済しなければならないとの結論に達するものではなく、国と右のような関係にあつた者を一般民間人に優先して救済するについては、実質的な必要性がありかつ民主主義の理念から救済することがむしろ実質的に平等を確保する場合にのみ許されるというべきところ、太平洋戦争当時、少くとも昭和二〇年に入つて米空軍による本土の爆撃は極めて烈しく、その攻撃目標も特に軍事施設や軍人軍属に限られることなく、公務を遂行した軍人軍属のみならず、民間人をもその惨禍に巻き込み、その生命、財産を危険な状態に陥し入れ、連日の爆撃による苛烈な環境下において耐乏生活を強いられたのは、軍人以上にむしろ一般民間人であり、広島、長崎の原爆被害はその表徴というべきである。しかも職業軍人は、自らの自由意思により、軍人という職業を選び、日支事変、太平洋戦争を引起し、少くともその指導的役割を果たし、国民に多大の惨禍をもたらしたにもかかわらず、援護法その他で最も優遇され、しかも公務から逃避し処刑された者までも援護法の対象としており旧軍人軍属を優先して救済することについてはその実質的な必要性に欠け、国民主権という民主主義の理念に反するというべきである。

(三) 太平洋戦争は国家総力戦であつて前線と銃後の区別なく国民のすべてが戦争遂行に協力したもので、特に防空法では「空襲ニ因リ建築物ニ火災ノ危険ヲ生ジタルトキハ、其ノ管理者、所有者、居住者、其ノ他命令ヲ以テ定ムル者ハ之ガ應急防火ヲ為スベシ」と規定し、これに従わないときは一年以下の懲役又は千円以下の罰金に科するものとされていたところ、戦争の末期にあつては昼夜の区別なく激しい空襲により内地の諸都市は凄惨な戦場と化したが、国民は忠実に同法に基づきその義務を遂行し、ために多数の戦災傷病者を出すにいたつた。右のように太平洋戦争は国家総動員体制下において全国民が「滅私奉公」「一億火の玉」となつて国家のために戦つたものであり、その犠牲者が軍人軍属であるかあるいは一般民間人であるかによつてその援護措置に差別を設けるべき合理的理由はない。

2援護法の立法趣旨は以下主張するとおり現行憲法の原理に違反しており、これに基づく援護法の制定は憲法一五条、一七条に違反する。

(一) 控訴人らは、政府の職業的指導者(公務員)による未必の故意ないし重大な過失により傷害を被つたものである。すなわち昭和二〇年一、二月ころには米軍はすでに沖縄付近まで進撃して来ており、日本の敗戦は明らかで、戦争の続行により控訴人ら本土居住の国民が、米軍の空襲等で危害を被ることは十分に予知されていたにもかかわらず政府は一億玉砕を唱えて戦争を続け、控訴人らに惨禍をもたらした。

(二) 公務員は旧憲法下であれば兎も角、国民主権、民主主義を基調とする新憲法のもとにおいては日本国民全体の奉仕者として控訴人らの主権者に奉仕すべきものとされ、その職務上の不法行為により国民に損害を与えた時は、国が損害賠償の責に帰すべきものとされているのであるから戦争犠牲者としてまず第一に国から補償を受くべきものは公務員ではなく控訴人らである。

(三) しかるに、主権者たる一般国民を除き、公務員を優先させた現行援護法の制定は、公務員が国民全体の奉仕者として控訴人ら主権者に奉仕すべきものとされ、その職務上の不法行為により控訴人ら国民に損害を与えたときは国が損害賠償の責に任ずべきものとする憲法一五条、一七条に違反する。

3被控訴人国は一般民間人被災者のため「戦災傷害者戦没者遺族援護法」を制定する必要があり、その立法の不作為が違法行為を構成する理由は次のとおりである。

(一) 被控訴人国は、昭和一六年一二月八日その権限と責任において太平洋戦争を開始し、多くの国民を死に導き傷害を負わせ、米空軍の名古屋空襲により、控訴人赤坂律子は昭和二〇年三月二五日、控訴人中島美津子は同年五月一七日被爆し左腕を失つた。

(二) 右の戦争は客観的には勝算なくして始められたものであり、しかも昭和二〇年に入つてからは誰の目にも日本の敗北は明白で、米軍はすでに沖縄まで進撃して来ており、本土空襲も日毎に激化し、戦争の継続が控訴人ら本土住民の生命、身体に多大の危害を及ぼすことは十二分に予知出来る状態であつたにもかかわらず、日本の軍部は国民を欺き戦争を続行したため、控訴人らは、前示のとおり身体に傷害を被り、生涯不具の身となつた。右控訴人らの受傷は、当時の軍部の業務上の重過失ないし未必の故意に基因するといつて過言ではない。

(三) 右のように昭和二〇年に入り日本の敗北は明白で、戦争の継続により本土居住の一般国民の生命、身体に危害を及ぼすことは明白に予知され認識されていたのであるから、その後の戦争の継続による一般民間人の被害に対し、戦争を業務とした軍部に重大な責任が存することは明らかであり、この点において軍部は加害者であり、控訴人らは被害者である。

(四) しかるに、被控訴人は、昭和二七年四月三〇日、戦時中の軍人、遺族らにつき国家補償の精神に基づく援護の要望を容れて援護法を制定し、旧軍人軍属らに対し援護金を支給することとした。そしてその支給される金額も順次増大され、昭和五七年現在において控訴人らと同等の片腕を失つた者に対し月額約二〇万円を支給している。右援護法の規定が憲法に違反し無効であることはさきに主張したとおりである。

(五) わが国は、昭和五七年現在において世界第七、八位といわれる軍隊を保有し、昭和五七年度における年間予算として金二兆五〇〇〇億円を支出し、国民総生産において世界第三位といわれる程の経済大国にまで成長し、これに伴い援護法の枠も順次拡大しその適用の対象も軍人軍属の如く国と一定の使用関係にあつた者以外にも、国家総動員法に基づく被徴用者、国民義勇隊の隊員、満州開拓義勇隊等に及び、一般民間人との間に左程径庭がない範囲にまで広げられた。

(六) しかるに控訴人ら一般民間人の戦災傷害者に対しては、戦時中「戦時災害保護法」による援護措置がなされていたにもかかわらず、昭和三一年以降今日まで二五年余に及ぶ援護法制定の運動に対し、被控訴人は戦後三五年余にわたり何らの補償もしないで放置し、その反面控訴人らと同等の障害を有する軍人等に対しては、昭和五四年六月以降一か月金一八万六六六円(年額金二一六万七九九二円)の金員を、傷害を受けたことによる補償援護ということで支払つて来ている。

(七) 右のような状態に対し、一般民間被爆者は、昭和四七年一〇月名古屋市で「全国戦災傷害者連絡会」を結成し「戦時災害援護法」の制定を求めて陳情、請願をなし、昭和四八年以降野党は「戦時災害援護法」を国会に提案し、昭和五六年三月には野党六党が議員立法で国会に上程したが自民党の反対で廃案となつた。また昭和五〇年には、控訴人ら民間戦災傷害者に対する特別援護措置につき、衆議院議員渡辺武三は、三回にわたり政府、衆議院議長に対し質問趣意書を提出したがこれに対し、当時の内閣総理大臣三木武夫は、国は民間戦災傷害者の使用者でなかつたから援護補償する意思がない旨の答弁書を送付し、民間戦災者に対しては援護しない旨の判断を明示した。

(八) 以上の次第で国会、総理大臣、国務大臣、国会議員は、明らかな違憲状態が生じているにもかかわらず、民間戦災者のため援護法の改廃、法律の制定を行うことなく漫然これを放置し、控訴人らに対し深刻な精神的苦痛を与えて来たもので、国会、歴代総理大臣、国務大臣、国会議員の責任は単に道義的なものに止まらず、違憲違法な職務上の不法行為を構成するというべきである。

4控訴人ら主張の慰藉料額は次の事情に徴しても相当というべきである。

控訴人らは、援護法が制定施行されて以来軍人軍属らとの間に著しい差別扱いを受け、他方一般民間人との間にも全く傷害を被らなかつた者との比較において、戦争犠牲の忍苦に著しい差別扱いを受けて来たことに加え、被控訴人は軍備のため昭和五六年度には二兆四千億円、昭和五七年度には二兆五千億円を超える莫大な国費を支出しながら控訴人らに対しては何ら補償、援護費の支出等の措置を採ることなく放置し、過去三〇数年の長きにわたり控訴人らの人格権を著しく侵害し、控訴人らに対し量り知れない精神的苦痛を被らせて来たもので、昭和五七年度において控訴人らと同一の片腕喪失の傷害を被つた軍属らが一か月約二〇万円の補償、援護料を支給されているのと対比し、控訴人らに対する補償援護料は皆無であることを考慮すれば、被控訴人は控訴人らに対し少くとも金三〇〇万円を支払う義務がある。

(追加請求の原因)

控訴人らは被控訴人に対し原審における右金員及びこれに対する遅延損害金の請求に付加し、当審において「被控訴人が控訴人らのために戦傷病者戦没者遺族等援護法を改正するか、同等の援護法を立法しないで放置してきていることが違法である」旨の宣言を求めるものであるがその理由は次のとおりである。

最高裁判所は、昭和五一年四月一四日議員定数配分規定の違憲を理由とする選挙無効請求事件の判決において「具体的に決定された選挙区制と議員定数の配分の下における選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお、一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているときは、もはや国会の合理的裁量の限界を超えているものと推認されるべきものであり、このような不平等を正当化すべき特段の理由が示されない限り、憲法違反と判断するほかないというべきである」旨判示し、その判決主文中「昭和四七年一二月一〇日に行われた衆議院議員選挙の千葉県第一区における選挙は違法である。」と宣言した。最高裁判所が右の如き宣言をなすに至つた理由を検討すると、本訴においても追加請求の趣旨記載の宣言を求めることは可能であり、一般国民感情にも合致する適切な措置というべきである。

二  被控訴人

1控訴人らの追加請求の趣旨は、処分又は裁決が違法であることを宣言するいわゆる事情判決を求める趣旨と解されるが、事情判決の制度は、取消訴訟につき行政事件訴訟法三一条に定める一定の要件の存するときに限つて可能であり、本件において右のような宣言を求めることは許されない。

2控訴人ら主張の1項ないし4項は争う。

(一) 控訴人らは援護法の制定は憲法の保障する平等の原則に反し違憲違法である旨主張するが、援護法の立法趣旨は、戦争によつて傷害等を被つた軍人軍属等に対し、国が使用者としての立場から補償をなすべきであるとの見地及び、文官に対する恩給制度が戦後も存続していたのでこれとの不均衡を是正するという点に存する。したがつて軍人軍属等と立場を異にする民間戦災負傷者との間に差異を生じたとしても、右は合理的な理由に基づくものであつて、何ら違憲違法の問題を生じない。

(二) さらに控訴人らは国が民間戦災負傷者に対する援護立法を制定しないのは違法である旨主張するが、民間人の被つた戦争犠牲、戦争損害等に関し国が何らかの支給をなすべきか否か、これをなすべきものとして旧軍人軍属等の例に準ずることとするかは、もつぱら立法政策に属する問題であつて、政治的責任の当否が問題とはなり得るとしても法的責任を問うことは許されず、国家賠償請求の原因とはなり得ないというべきである。

第二  証拠関係〈省略〉

理由

一  控訴人らは当審において、被控訴人に対する従来の損害賠償の請求に追加し新たな請求として「被控訴人が控訴人らのための戦傷病者戦没者遺族等援護法を改正するか、同等の援護法を立法しないで放置していることが違法である」との宣言を求める旨を申し立てるけれども、控訴人らは、本訴において、被控訴人に対し、援護法の制定又は適用が憲法に違反し、ひいては国会が援護法と同様な補償措置を立法上講じないことが違法であり、右立法行為又は立法の不作為が違法行為を構成し、右違法行為につき国会、国会議員、歴代内閣総理大臣及び国務大臣らに故意又は重大な過失の存することを理由に国家賠償法に基づき損害の賠償を求めるものであつて、行政事件訴訟法三一条一項所定の処分又は裁決の効力を争い、その取消を求めて訴えを提起しているものではないから、右訴訟の係属を前提とする同法三一条の適用の余地はなく、また同法三一条一項前段の規定は右行政処分等の取消の場合に限られない一般的な法の基本原則に基づくものとして理解すべき要素も含まれていると考えられるとしても、控訴人ら挙示の最高裁判所の判例は、現行法上選挙を将来に向つて形成的に無効とする訴訟として認められている公職選挙法(以下「公選法」という。)二〇四条の選挙の効力に関する訴訟において、選挙が憲法に違反する公選法に基づいて行われたという一般性をもつ瑕疵を帯び、その是正が法律の改正なくしては不可能である場合について、諸般の事惰を考慮し、選挙を無効とすることによる不当な結果を回避するため、前記行政事件訴訟法三一条一項前段の規定に含まれる法の基本原則の適用により、当該選挙が違法である旨を主文で宣言するのを相当と判断したものであつて、本件につき適切でなく、そのほか被控訴人国に対し立法行為をなしたこと又は立法行為をしないことについて違法の宣言を求める訴訟を許容すべき法律上の根拠は存しないから、控訴人らの右訴えは不適法として却下を免れない。

二そこで控訴人らの損害賠償の請求について判断する。

1〈証拠〉によると控訴人らは、いずれも太平洋戦争中米国空軍による名古屋地域の空襲の際、原判決添付別紙「受傷目録」記載のとおり受傷し、右の傷害に起因し、左腕喪失の身体障害を有する者であること、援護法は、旧軍人軍属等であつた者又はその遺族を援護することを目的とし(同法一条)同法による援護の対象者は同法所定の軍人、軍属、準軍属に該当する者に限定されているため、控訴人らは同法による適用を受けることができず、身体障害者福祉法(以下「福祉法」という。)の適用によつてのみ救護を受け得るものであること、控訴人らと同一の身体障害を有する者に対して支給される年金等は援護法の適用対象者である旧軍人軍属等については有利に取り扱われ福祉法の適用を受ける控訴人らとの間にその年金の支給金額等に差異の存することが認められる。

2控訴人らは右のように援護法がその適用の対象者を旧軍人、軍属等に限定し等しく戦争による被害者でありながら一般民間人の被害者を除外したことは旧軍人軍属のみを不当に優遇するもので、援護法の立法及び適用は憲法一四条に定める法の下の平等に違反する旨主張するので判断する。

(一) 太平洋戦争において戦闘員、非戦闘員の別なく多数の日本国民が戦火に遭い負傷しあるいは死亡するにいたつたことは公知の事実であるところ、戦争は国の存否にかかわる非常事態であつて国民のすべてがその生命、身体、財産について犠牲を堪え忍ぶことが要求され、その犠牲は戦争犠牲又は戦争損害として国民が等しく受忍しなければならなかつたものであり、これら戦争犠牲者の人的損害を補償し、あるいはその救済のためどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量に委ねられ、それが著しく合理性を欠き、明らかに裁量の範囲を逸脱し濫用にあたると見ざるを得ないような場合を除き、裁判所が審査判断するに適しない事柄というべきである。

(二)  〈証拠〉によると、

(1) 太平洋戦争の終了当時軍人、陸海軍部内の公務員若しくは公務員に準ずる者に対しては、その公務傷病に関し、普通恩給、増加恩給、傷病年金、一時恩給等が支給され、公務上死亡した者の遺族には扶助料が支給されていたが、終戦後軍人又はその遺族を一般困窮者より優遇することは占領目的遂行のうえで好ましくないとして、昭和二〇年一一月身体的廃疾者に対するものを除く軍務に服したことによる恩給等の支払いの停止を命ずる連合国最高司令官覚書が発せられ、政府はこれに基づき昭和二一年二月一日勅令第六八号、昭和二一年二月二日閣令第四号により、軍人その他陸海軍部内の公務員等(旧軍人軍属)又はその遺族に対する恩給、扶助料を一部の増加恩給傷病賜金等を除き一切停止した。もつとも陸海軍部内の公務員であつても昭和二一年二月二日閣令第四号の一条各号に定められた一部の文官又はその遺族に対する恩給、扶助料は停止の範囲から除外された。

当時は戦後の混乱期で国民生活全体が窮乏の極にあつたが、とりわけ公務傷病死亡等に関し恩給の受給権を有していた軍人軍属等及びその遺族は、恩給の停止又は制限により経済的にも精神的にも大きな打撃を受けた。

そして昭和二七年に至り、連合国と日本国との間の平和条約の発効に伴う占領の終結を目前に控え、右軍人軍属等及びその遺族の実情に鑑み戦傷病者、戦没者遺族に対し、国家補償の見地から援護の策をとることを目的として援護法が制定されたが、右援護法は文官恩給等との均衡、財政上の問題等を考慮し、さきに連合国最高司令官の覚書により凍結されていた既得権ないし期待権を復活させるため恩給法に所定の改正を加えるに必要な期間における暫定的な措置としての意味をも有していた。

(2) 他方、援護法制定の審議の経緯については、援護法は連合国と日本国との間の平和条約(昭和二七年条約第五号)の発効に伴う占領の終結を目前に控え政府において公務上傷害を受けあるいは死亡した旧軍人軍属及びその遺族を対象に援護することを目的として援護法案を第一三回国会に提出し衆参両院において審議のうえ昭和二七年四月二五日成立し同月三〇日付をもつて公布された。右援護法案の審議に際し、担当国務大臣から援護法案の提案理由として「戦傷病者、戦没者遺族等に対する国としての処遇は、雇用人たる軍属を除き、恩給法に基き、その公務上の負傷又は疾病に関しては増加恩給、傷病年金等が支給され、またその公務上の死亡に関し扶助料が支給されていた。しかるに今次大戦の敗戦に伴い、昭和二〇年連合国軍最高司令官の指令たる「恩給並ニ扶助料ノ件」が発せられ、これに基づき昭和二一年勅令第六八号によりこれらの恩給はその支給を停止され、僅かに戦傷病者等に対し少額の増加恩給のみが残されているに過ぎない。更に陸海軍部内の雇用人たる軍属の戦時災害による公務上の負傷又は疾病について、内地勤務の者に限り、それぞれ陸海軍属戦災救恤規程、海軍共済組合会により処遇され、現在においては旧令による共済組合の年金受給者のための特別措置法によりこれら雇用人に対して年金を支給しているが、雇用人たる軍属のうち、戦地勤務の者につき年金を支給すべく立案中に終戦に至り、少額の一時金を支給したほか今に至るまで何ら適切な処置をしていない。」旨、「これらの戦傷病者、戦没者遺族に対し、国家補償の精神に立脚してこれらの者を援護することは平和国家建設の途にあるわが国として最も緊要事であることは言を待たない。これがこの法律による戦傷病者、戦没者遺族等の援護を行おうとする根本的趣旨である。」旨、「この法律による援護を受ける対象は、第一に昭和二一年勅令第六八号により恩給権を停止又は制限された旧軍人等及びその遺族であり、第二に戦地勤務の有給の嘱託員、雇員、用人、工員又は鉱員たる軍属又は遺族である。恩給権を制限又は停止された旧軍人等及びその遺族については今更説明を要しないところであり、又戦地勤務の雇用人及びその遺族については、内地勤務の雇用人たる軍属及びその遺族との間に存する処遇の不均衡を是正しようとするものである。」旨等の説明がなされた。

(三) 援護法は制定当初法律の目的として「この法律は軍人軍属等の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡に関し、国家補償の精神に基き軍人軍属であつた者又はこれらの者の遺族を援護することを目的とする。」(一条)旨、右にいう軍人とは「恩給法の特例に関する件(昭和二一年勅令第六八号)一条に規定する軍人及び準軍人並びに内閣総理大臣の定める者以外のもとの陸軍又は海軍部内の公務員又は公務員に準ずべき者」をいい、軍属とは「もとの陸軍又は海軍部内の有給の嘱託員、雇員、よう人、工員又は鉱員」をいう(二条一項)旨規定し、右軍人軍属であつた者の在職期間内における公務傷病に関し障害年金の支給、その遺族に対し遺族年金、弔慰金の支給を行うことを主たる援護の措置とし、右軍人軍属のほか、国会審議の過程において国家総動員法に基づき強制動員を受けた被徴用者、陸軍又は海軍の要請に基づき戦闘に参加した者(国民義勇隊を含む。)及び特別未帰還者を援護の対象者として追加し、右の者に対する関係においては、その遺族に対し弔慰金を支給する等の措置を講じた。

(四)  以上認定の制定時の援護法の内容、その立法趣旨に〈証拠〉をあわせ考えると、援護法は、太平洋戦争の終了に至るまで恩給法上軍人、準軍人、その他陸海軍部内の公務員又はこれに準ずるべき者として取り扱われ、恩給法(大正一二年法律第四八号)による年金等の支給を受ける権利を有しながら「昭和二十年勅令第五百四十二号「ポツダム」宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基づく恩給法の特例に関する件」(昭和二一年二月一日勅令第六八号)一条に基づいて恩給の停止、制限を受けていた者、軍属として戦地勤務を命じられ戦争又は軍事関連業務に従事していた者、その他、法令又は国、陸海軍の要請に基づき、戦争又は軍事関連業務に従事していた者等国との間に特別権力関係ないしは使用関係のあつた者が、在職期間中、公務傷病に起因して不具廃疾となり、死亡するに至つた場合等において、これらの者またはその遺族に対し、障害年金、遺族年金、弔慰金等を支給する方法により、国が使用者としての立場から、公務災害に対する救済措置を講ずることを目的として立法されたものとみるべきである。

(五)  右援護法の立法後、昭和二八年に至り、「恩給法の一部を改正する法律附則」(昭和二八年法律第一五五号)に基づき軍人、準軍人等又はこれらの遺族に対する恩給が復活し、これにより受給資格を回復するに至つた軍人、準軍人、軍属等及びその遺族に対する援護法上の障害年金、遺族年金等は、恩給、公務扶助料に切り替えられ、援護法の内容も、数次の改正を経て軍属の範囲を拡張し、前示国家総動員法に基づく被徴用者、陸軍又は海軍の要請に基づく戦闘参加者、特別未帰還者等を準軍属とし、その対象者も満州開拓青年義勇隊、防空法に基づき防空の実施に従事する者、防空監視者等にまで拡大されるに至つたが、援護法の趣旨目的が、国との間に特別権力関係ないしは使用関係を有する者において在職期間中、その公務ないしはこれに準ずる軍事関連業務に起因して不具廃疾となり、あるいは死亡するに至つた場合等において、これらの者又はその遺族に対し、年金等を支給する方法により国が使用者としての立場から公務災害に対する救護措置を講ずるにあることに何ら変わりはないというべきである。

(六) そして右のように国との間の特別の関係に基づき公務またはこれに準ずる軍事関連業務に従事する者が、これに起因する傷病により不具廃疾となり、死亡するに至つた場合等において、その人的災害に対し、国が使用者としての立場からその損害を補償し、あるいは救済のための立法措置を講ずることは立法府の裁量の範囲に属し、援護法の立法によりその適用を受ける旧軍人、軍属等と一般民間被災者との間に、戦争による損害の補償、救済に関しその取扱いに差異を生ずることになるとしても、前示援護法の法的性格に照らすと右差異は事柄の性質に即応した合理的理由によるものというべきである。

(1) 控訴人らは援護法一条所定の「軍人、軍属等の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡」にいう公務とは、戦争と同義と解すべきであることを理由に、民間被災者と軍人軍属とを戦争災害に関し別異に処遇するいわれはない旨主張する。

しかしながら、援護法七条、二三条、三四条の規定に照らし援護法に基づく同法五条に定める援護が公務起因性ないし公務遂行性を要件とすることは明らかであり、同法二条所定の軍人、軍属、準軍属の身分を有する限り、右公務を戦争にのみ限定して解すべき法律上の根拠はないから、右控訴人らの主張は前提を欠き採用し得ない。

(2) さらに、控訴人らは、援護法一条にいう国家補償とは広く国がその活動により直接又は間接に個人に被らせた損害を填補することを意味し、国家補償の精神に基づく限り戦争による被害をあまねく救済すべき責務を有する旨主張する。

しかしながら国家が、国家補償の精神に立脚し、戦争被災者の損害を填補し、あるいは、その救済のため、どのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量に委ねられ、その立法の目的、性格等に徴し、その適用の対象者の範囲を限定したからといつて合理性を欠くものとはいえないし、援護法一条が「国家補償の精神に基き」と規定することから直ちに被控訴人において戦争被災者をあまねく救済すべき責務を負担すると解することはできないし、控訴人らを同法の適用から除外したことをもつて不合理な差別ということはできない。

(3) 次に、控訴人らは、旧軍人軍属が国との間に使用関係の存したことから直ちに職業軍人を民間人に優先して援護措置を講ずることは実質的必要に欠け民主主義の理念に反する旨あるいは一般民間人も防空法の規定に基づき空襲による火災の危険に対する応急防火義務を負担し、右義務の遂行により被つた戦争被害につき旧軍人軍属と区別する合理的理由はない旨主張する。

国民が控訴人ら主張の防空法の規定により空襲による火災の危険の発生の際における応急防火義務を負担していたことは当裁判所に明らかであり、多数の国民が空襲による戦火に遭つてその財産を焼毀焼失し、他方負傷し、あるいは死亡するに至つたことは公知の事実であるが、防空法に定められた応急防火義務は、空襲という戦時危難に際し、自己又は他人の生命、身体、財産等に対する被害を最小限に食い止め、これにより、社会一般の被害の拡大を防止することを目的とするものであつて、戦時危難に対する国民の一般的な義務を定めたものであり、とくにこの義務を遂行することが、軍人軍属等に課せられた義務と同視することはできないものであり、また援護法の立法趣旨目的が前示認定のとおりであつて、右法律の制定、適用において事柄の性質に即応した合理的理由が存すると認められる以上、戦争災害に対する国家補償の見地から、立法府がその損害の填補、被災者の救済のため、被災者の実態、救済の必要等に応じ、いかなる立法措置を講ずるべきかは立法府の裁量に属し裁判所の審理判断するに適しない事柄というべきであることは前判示のとおりである。

なお、控訴人らは職業軍人は自らの意思により軍人という職業を選択し、日支事変、太平洋戦争をひき起し、ないしは指導的役割を果たしたもので戦闘を使命とする職業に従事したことにより、民間人よりも優遇することは不合理である旨主張するけれども、援護法二条によれば「軍人とは恩給法の一部を改正する法律(昭和二一年法律第三一号)による改正前の恩給法(大正一二年法律第四八号)一九条に規定する軍人、準軍人その他もとの陸軍又は海軍部内の公務員又は公務員に準ずべき者をいう」と規定され、右恩給法二一条によると軍人とは「陸軍又ハ海軍ノ現役予備役後備役又ハ補充兵役ニ在ル者」「国民兵役ニ在ル者ニシテ召集セラレタルモノ及志願ニ依リ国民軍ニ編入セラレタル者」と規定されているところ、控訴人らの主張する職業軍人とは右の如何なる範囲の如何なる等級にある者を指称する趣旨か不明であるのみならず、当時わが国における内外の情勢、風潮に鑑み、国家の要請に応じ自らの自由意思により軍人という職業を選択し、戦闘に参加した者も戦争による犠牲者であることには変りはなく、職業軍人のすべてが日本国民を戦争に引き込みわが国に戦争による惨禍をもたらしたものと断ずることはできないから控訴人らの主張は採用し得ない。

3次に、援護法が憲法一五条、一七条に違反する旨の主張について判断する。

控訴人らは政府の職業的指導者たる公務員の故意または重大な過失に基づく戦争の遂行により損害を被つたものであるにもかかわらず、援護法が公務員を主権者たる一般国民に優先して援護することは公務員を全体の奉仕者と規定した憲法一五条、国の賠償責任を規定した憲法一七条に違反する旨主張する。

しかしながら公務員が公務傷病に起因して不具廃疾となりあるいは死亡した場合、国家がその本人及び遺族に対し、これによる損害を補償することの当否は、憲法一五条の規定する公務員の性格、一七条の規定する国民の権利の救済の問題とは別個の事柄に属し、右の規定を根拠に援護法が公務員につき一般国民と異なる取扱いをしていることの憲法違反の問題が生ずる余地はないから、控訴人らの主張は採用し得ない。

4以上の次第で援護法は国が使用者としての立場から国との間に特別権力関係ないしは使用関係を有する者に対し、その公務ないしは公務に準ずる業務に起因して不具廃疾となりあるいは死亡するに至つた場合等において、これらの者又はその遺族に対し公務災害補償の見地から援護措置を講ずることを目的として制定されたもので、いわば公務員災害補償的な制度の一環としての法的性格を有すると解するのを相当とするところ、戦争被害者という観点からは控訴人らも同様の境遇にあるにせよ、国が一般統治関係にある国民に対すると異なる特別の関係を有する公務員等につき、公務又は公務とみなされる業務の遂行に起因する災害を補償するための立法措置を講ずることは、社会通念上合理的な根拠を有し他方、戦争により何らかの被害を受けた一般国民に対し、援護法と同じ内容の立法をしなかつたからといつて、憲法一四条、一一条、一三条に反するということはできないし、その他援護法の立法又は適用につき立法府の裁量が著しく合理性を欠き明らかに裁量の範囲を逸脱し濫用にあたるとみるべき事由は存しない。

三したがつてまた、援護法の立法により違憲状態を生じていることを前提として国会が援護法を改廃するか、あるいは同等の援護法等の立法行為をしないことをもつて不作為による違法行為を構成するとする控訴人らの主張はその前提を欠き、その他被控訴人国が憲法その他の法令に基づき、控訴人ら戦争災害に対する補償ないしは被災者の援護のための立法措置を講ずべき義務を有するということもできないから、その余の点について判断するまでもなく控訴人らの主張は失当というべきである。

四以上の次第で、援護法の立法又は適用が、憲法一四条、一一条、一三条、一五条、一七条に違反し、ひいては国会が援護法と同様な補償措置を立法上講じないことが違法であり、右違法行為につき国会、国会議員、歴代内閣総理大臣及び国務大臣につき故意又は重大な過失の存することを理由に国家賠償法に基づく損害の賠償を求める本訴請求はその余の点について判断するまでもなくその理由がないというべきである。

五そうすると、控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて控訴人らの当審における新たな請求にかかる訴えは不適法であるからこれを却下し控訴人らの本件控訴はその理由がないからこれを棄却し、控訴費用は敗訴の当事者である控訴人らに負担させることとして主文のように判決する。

(舘忠彦 名越昭彦 木原幹郎)

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